横浜へ出向き、赤レンガ倉庫でやっていたミネラルフェスタに行った。
彫金(←習ってる)の石留めの課題で使う石を買いに行ったのだ。
自分でジュエリーを作るという発想がなかったときは、
未加工の状態の鉱物ばかりに目がいき、研磨されたルースには興味がなかった。
しかし、それを使って身に着けるものをデザインし、作るのだという目で見ると…
さらに今回ほんとの基礎知識だけど石の性質についてちょっと勉強して行ったら…
ものすごく面白いのだった。
私はそもそも、焼きもので粒を作って、それをまことしやかに
金属で留めて身に着けたいがために彫金を習い始めた。
なので、最初は(私は土を留めるから石のことはいいや・・・)くらいの感じだった。
でも、宝石の魅力も抗いがたいものがある。
あ、宝石の魅力というと、権威やステイタスや財産の象徴のように思われがちだが、
そういうことではなく、またパワーストーン的な意味でもなく、
生成の過程のかけがえのなさや単純に物質としての美しさの魅力のことです。
そういう意味では宝石じゃなくても、鉱物や有機物の結晶なども同じか。
考えてみれば、土も宝石も化石も、地球の産物であることに変わりはないし。

春までに自力で石留められるようになりたいな。
たぶん途中で数回心折れるのは織り込み済みだけどがんばろう。

 

石たち

会話のない読書会

昨夜、初台のfuzkueというお店で開かれた、
「会話のない読書会 すべての見えない光」という催しに混じってきた。
これ⇒ http://www.fuzkue.com/entries/382

一応、スタートの時間になると、店主の方からはじまりの声がかかった。
店内は10席。
そのうち9席にはお客(私含む)が、残る1席には店主さんが座り、
各自飲みものや食べものをあつらえながら全員黙って読書にふけっている。
飲食物はもう一人のお店のスタッフの方がいい感じに世話してくださる。
ふと顔を上げると、他の人達が本に目を落としているのが視界に入って、
(今ここにいる人みんな同じ本読んでるんだ・・・)と思う。
またふと目を上げた先にいる人の手元の本には、知らない本屋のカバーがかかっていて
(今日のために皆この本をそれぞれの日々のどこかで手に入れて集まったんだ!)と思う。

一応、2時間半という時間の区切りがあって、
時間になった時点で店主の方から一応おひらきの声がかかった。
とは言え、帰っても閉店まで居続けてもだれかに話しかけても
好きにしていてよいので、私はしばらくそのまま読書をつづけた。
「会話のない読書会」に惹かれて集まったくらいなので当たり前かもしれないが、
あまり積極的に他の人に話しかけようという感じの人はいないようで、
おのおの好きなように居残ったり退場したりしていった。
先に帰っていく人を見て、
(ここで読んだ続きを、このあと皆各自の場所に帰って各自読み進めるんだな・・・)
と思うと、また内心がおもしろさで盛り上がった。

私は本(とくに小説)は一人で読んで一人で消化するものだと思っていて、
皆で意見交換などする流れになる恐れが高そうな普通の読書会には
全く食指が動かないのだが、この読書会は、告知をみた瞬間から
(この距離感味わってみたい!!)とものすごい興味がわき、
予約をしてからずっとわくわくしていた。
ちなみにテーマの本はいつもの自分の守備範囲からは外れていたので、
このきっかけがなかったら手に取らなかったと思う。
店頭のレコメンドや書評をみて手に取る以上に、
このおもしろげな体験のために(読んでみようかな)と
手に取るに至った流れはなんかディープな出会い方だ。
そして読み始めたら徐々に引き込まれていって、読み進めるのが楽しみとなった。

丸一日経った今も、昨夜のあの場の感じがよみがえってきてじわじわときている。

神奈川県立近代美術館葉山館に、若林奮 飛葉と振動 を観に行った。
今までなんとなくの作品の「感じ」しか知らず、しっかり鑑賞するのは初。

展示の最初のほうの紹介文に「目に見えないものも含めて彫刻化し世界を総合する」
というような旨が書いてあり、どういうことなのかめちゃくちゃ魅かれ、
以後珍しく全ての作品の解説を飛ばさずに読みながらじっくり観ていった。
わりと普段はよほど気になったもの以外は解説はスルーしがちなのだが、
全力でその作家の意識をわかろうとしながら観ていくのは疲れるけど面白い。

一通り見終わって、理屈ではなくまさに「腑に落ちた」感があった。
「彫刻を見た」でも「コンセプトを理解した」でもなく、
「世界の見え方をひとつ増やしてもらった」。しかもすごく自然に。
こういう後味はめったにない。
本当に面白かった。

観終わって午後4時。
昼食を食べそびれ空腹で美術館のオーシャンビューのカフェに着席したが
食事メニューのほとんどが売り切れと告げられたので、
カプチーノだけで耐えながら早くも暮れかかる美しい葉山の海を凝視。
逗子駅までバスで戻り、耐えきれず駅の立ちそばでかつ丼を食べて帰った。

二人展が終わって

5日(土)で、ギャラリー福果での見谷カラスさんとの二人展が終わりました。
ご来場下さったみなさま、ありがとうございました。

私は土曜のみの在廊でしたが、それでも在廊中ずっと目にしていた
見谷さんの作品たち(とくに今回の新作)に、なんとなく情が移ってしまい、
今後またどこかで展示されているのを見たら(あっあのときの!)と
勝手に胸熱くしてしまいそうな自分がいます。売れたなどと聞いたら、
(あのときの子が嫁に!)と熱く思ってしまいそうな自分がいます。

自分の作品については、好きだけど、
自分内だけで(これはやらない)と禁じ手にしていることや、
(私の今のスキルで出来るわけない)と腰が引けてることや、
(この設備と環境しかないからこれはできない)と思い込んできたことが
けっこう多いな~と気づいたので、本当にそうかしら??と、
根本的なところを問い直して、今のうちに出来るだけ裾野を広げておきたい。
そしてやっぱり・・・大きいものも焼きたい。
さあどうするか。。来年はそのへんの道筋つけたいなと思っています。

 

 

二人展

昨日の土曜日はギャラリーに在廊しておりました。
来て頂いた皆様、ありがとうございました。

今回一緒に展示をしている見谷カラスさんとは、約10年前に参加した
青山スパイラルのイベントSICFで知り合った。両者ともまだ20代のとき・・・。
見谷さんの絵の中で、どこかたゆたうような人体に果物や野菜がまとわりつくなど、
人体と食べ物が組み合わされたモチーフの絵が私はとくに好きで、
今回そのシリーズも何点か展示されています。

私のは陶土や磁土の小さな断片を作って寄せて焼いたものです。
そして昨日来てくれた友人が面白い感想をくれた。

「この国の砂や土を採ることで、世界のほんの一部を解体して
 新しい根源的な世界を地道に作り続けている感じ」

私はたしかにそういうことをしている気持ちは持ってるし、うれしい感想だと思った。
しかし同時に、このことは地球上のあらゆる創作活動に当てはまると思った。
たとえば今回一緒に展示している見谷さんの日本画も、地球上の鉱物から作った
岩絵の具を使って新しい世界を描き出しているし、もっといえば写真や音楽などだって、
光や空気の振動や温度湿度など、地球上の環境を利用して新しい世界を現出させている。
だから、「世界のほんの一部を解体して新しい世界を作る」は前提条件であって、
ひとりひとりがどんなふうに解体してどんなふうなものを新しく作るかが、大事だなー
などと、当たり前のことかもだがあらためて、くどくどと考えている日曜夕刻であります。

そして、そういうくどくどはそれとして、実際作業しているときは、
「このじゃりじゃり感が痺れる」「ひび感が泣ける」「陰影がメロディアス」
みたいなことが一番の喜びであったりするので、見て下さる方もそんな感じでもいいし、
くどくどして頂いてもいいし…と思っています。

展示はまた明日から12/5(土)まで続きます。
私は最終日5日のみ在廊致します。
神保町駅A7出口からすぐなので悪天候でもあまり苦しまずに済むと思います。
ぜひお越しください。gallery福果 http://gallery-fukka.com/

搬入前夜

前回の投稿から約3ヶ月も空いてしまって、季節も灼熱から氷雨に移りました。
さて、明後日から日本画家の見谷カラスさんとの二人展が始まります。
詳細はトップページにありますが、久々のgallery福果です。
明日搬入。写真は、自室でリハーサル中の者どもです。
これらと見谷さんの絵とが合わさってどんな空間になるか、楽しみです。

 

リハ中作品群

 

弘前・恐山

先週末の北方への旅行について書きます。

まず弘前を目指して新宿から夜行バスで北上。
普通に弘前まで直行すればいいのだけど魔がさして、
せっかくだから三陸鉄道に乗ってみたいとか思ってしまい、
盛岡から路線バスとローカル電車に切り替えて沿岸部に迂回した結果、
朝5時台に盛岡に着いたのに弘前着は夜6時を回っていた。
でも、おかげで途中の久慈や八戸でうろうろできたので楽しかった。
巨大な瓜、生蛸、烏賊徳利、地酒、帆立など・・・。

弘前では7時半開演の芝居を見るのが目的だったので、
6時過ぎに駅に着いてわき目もふらず宿に直行し荷物を置き、
引き続きわき目もふらず会場に直行した。
「新感覚バルデラマ」という題の芝居を見た。
(うわー大人向けの出しものだわー)というのが大印象。
単に下ネタが、というだけではなく、全体の塊として。
盛り込まれてるものが多くて思ってたよりディープだったが面白く観た。
宿は石場旅館という、古い木造の和風旅館。
乱暴に腰を下ろすと、建物全体にみしっと振動が伝わる。
私の実家の以前の建物も古い木造で、子供の頃家の中で走ると家全体が揺れた。
そして子供嫌いだった祖父に祖母経由で、または直接、怒鳴られた。思い出す。
この宿、海外からの旅行者の利用が多いみたい。
掃除が行き届いていて気持ちよく泊まれた。

翌朝、宿坊に予約の電話を入れて恐山に向かう。
宿坊はとてもきれいで部屋も大浴場も広く、ヘタなホテルより快適。
食事は精進料理だが、品数も旅館並みで丁寧に作られていて、
ごはんもおかわり自由だし、全然物足りなさはない。
ただ、一番最後の人が食べ終わってから一斉にごちそうさまをする方式なので、
だいたい「一番最後の人」になりがちな自分にはプレッシャーで、
しかも10人ほどの宿泊者のうち女性は私ともう一人だけだったので
男の食事スピードに遅れを取らぬよう全力で食べなきゃならない緊張感がやや辛かった。

宿坊だから酒類は全面禁止だろうと思って持ってこなかったのだが、
皆での食事中は禁止だけど部屋では自由と知り、衝撃を受けた。
そして携帯も微弱につながるかほぼ圏外。
ノンアルコールで誰ともつながらない夜。
夕食後、外に散策に出た。
お寺の門は6時で閉めてしまうので、一般の参拝客は誰もいない。
夜闇に覆われつつある無人の境内を歩き、境内にある外湯をふらっとハシゴする。
このように誰もいない夜の境内を満喫できたのが、宿泊して一番良かったこと。
もっと湖のほうまで歩きたかったが、完全に暗くなったら間違いなく迷うと思い、抑制。
部屋で手帳に旅の記録をつけ、太宰治「津軽」(←青森だから持ってきた・・・)を読み、
畳に思いっきり両手足を伸ばして倒れ伏したりした。(←自分の部屋では狭くて出来ない)
豊かな時間だった。酒もネットも楽しいが、割合をもっと減らしてもいい。

翌朝は地蔵堂と本堂で朝の勤行に参加。
地蔵堂で聴いたお経はビートの速さと読経の調子が個人的に好みで、トランスしそうになった。
本堂には亡くなった方の遺影や遺品がたくさん並んでいる。
当たり前だが死んだ人も私と同じ世界に生きていたことがあったのであり、
そう思うと、この人たちがもし亡霊的に現れても何も怖いことはない気がした。

朝食後恐山を離脱し、青森駅で人と合流して帰りは新幹線でしゅっと帰京したのだが、
この後翌日くらいまで目がじわじわと痛み、視界もうっすら靄がかかったようになっていた。
恐山温泉の強烈な硫黄によるものらしい。
それでも目は1日程度で治ったが、全衣類、全持ち物に付着した硫黄の臭いは未だ消えず、
重曹液での脱臭と洗濯のループから抜け出せずにいる。
いわゆる硫黄臭から変化して、酢のような匂い・・・写真の暗室の匂いがする。今現在も。

漆黒直前
漆黒直前
外湯外観
外湯外観
外湯の中
外湯の中
大きい地蔵の裏で湧いてた
大きい地蔵の裏で湧いてた
風車
風車
まむし
まむし

夜。遠くに偶然待ち合わせ相手を発見し、
一定の速度を保って闇の中から無言で駆け寄っていったところ、
「伝染るんです」に出てくるキャラクターのようだ、と言われた。
灼熱の日々です。

さて、トップページでお知らせしている通り、
現在銀座の茶房野の花/スペース司さんにてグループ展開催中です。
トップページにも書きましたが、お盆の営業時間11:30~18:00です。
DMには書いていないので、お気を付け下さい。
場所は松屋銀座の裏です。1階のお花屋も野の花が渋くあふれていて素敵です。

http://www.nonohana-tsukasa.com/sabou-event.html

季節の移ろい等

6月に入り蒸し暑さが増してくるとともに、
個人的には虫への恐怖も増してきて、ついに今日、
去年のままだった家じゅうのG用毒餌を新品と交換した。
あと今日は新潟の農家である母方の祖母から手作り笹だんごが届いた。
その笹だんごつながりで母が思い出を語って曰く、

 娘時代、自分はなんとなくだんご作りには参加しなかったが、
 それでもこの季節家でだんご作りが行われてる感じは好きで、
 その日も楽しい気持ちで農道を自転車こいで学校から帰っていたところ、
 不意にペダルが重くなった。見ると車輪に蛇がからまりついている。
 パニックに陥り全力でペダルをこぎまくった。
 すると少しして急にペダルが軽くなり、(ああ、蛇が取れた)とわかった。
 そのまま振り返りもせず引き続き家まで全力で自転車をこぎ続けた。

とのことであった。
その母は現在60代半ばであるが、彼女が18歳で上京してから50年近く、
笹だんごは毎年1度も欠かさず届けられているとのこと。
しかも今回は初めてちょっとだけ育ててみて1個だけうまくできたという
限定1個のブロッコリー様も入っていた。
私は農業はやらないけれど、その姿勢、できるものなら真似したい。

そんなところで、とりあえず私は白きワインを飲もうと思います。